尾崎豊(2)
押入れの奥に乾燥剤とともにしまっていた、昔のCDを取り出してみると、つい時間が経つのを忘れて、一枚一枚手に取って眺めてしまいました。1980年代の終わりから、1990年代の中ごろにかけてのものばかりですが、深夜に一人でジャケット写真を眺めたり、歌詞カードをパラパラとめくったりしていると、時間が止まった世界に身を放り込まれたような奇妙な感覚を覚えます。
(初期のアルバム3枚。)
尾崎のCDはすべて持っていますが、それらを取り出したはいいものの、少し躊躇を覚えました。
ほかの歌手のCDなら、何も考えず、ただ懐かしさだけで笑顔すら浮かべながら、ただ楽しく眺めることができて、何枚かは実際にCDプレーヤーに乗せて聴いたりすることもできましたが、尾崎のCDだけは、それを躊躇し、結局聴けないままに元に戻してしまいました。
私が高校を卒業したのが1994年の3月で、その後しばらくして、ほんの些細なことをきっかけに、以前から不仲であった父との亀裂が表面化し、決定的なものとなり、私は家を出て、見知らぬ街で暮らすことになりました。
今思うと、まだ19歳、20歳のときのことですから、様々な形のない不安があっても、若い身体が覆い隠してくれた時期だったのでしょう。
生まれ育った街から遠く離れた街で、時間や季節の流れに無自覚でいることができたおそらく最後の時期に、その数年前に亡くなった尾崎に出会うことになりました。
尾崎が亡くなった1992年4月27日、私は何の興味も持ちませんでしたが、それから環境が激変した数年後に出会った尾崎の世界というものは、私には衝撃でしかなかった。
「答えが、すべてここにある」と感じて、それからの私はアルバイトでもらったお金のほとんどを尾崎のCDや、その関連本などに費やしました。
世の中では「Windows95」が上陸し、まさにデジタル時代が幕を開けようとしていましたが、まだカセットテープが元気で、「MD」すらなかった時代です。「CDコンポ」という高価なアイテムが若い世代の憧れだった最後の時代に、私は「CDラジカセ」で、ひたすら尾崎のアルバムを少し贅沢して買った「ハイポジ」のカセットテープに「ダビング」して、外出時のウォークマンでも、安い中古車のカセットオーディオでも、狭い部屋のCDラジカセでも流し続け、とにかく24時間「彼」と一緒に過ごしていました。
当時交際していた女の子が、「おかげで、尾崎の曲ぜんぶ覚えちゃったよ」と言っていたのを思い出して、ちょっと懐かしいです。
「答えが、すべてここにある」と、本気で思っていたのです。彼の音楽を聴きながら、まるで文学作品を読むのと同じ気持ちで、付属の歌詞カードを何度も何度も繰り返し読んで、ボールペンで書き込みをして、アンダーラインを引いてと、そんなことをしながら私は、彼の世界に引き込まれていきました。
(当時ラインマーカーって今みたいに色の種類があまりなくて、たぶんイエローが定番でしたね。書き込みは恥ずかしいので、書き込みのないページを選びました笑)
それは「中毒」に近いものでした。42歳になった今、誤解を恐れずに正直に言えば、当時の私にとって、尾崎の音楽を聴くことは、強烈な「鎮痛剤」を打つのと同じだったのです。もっといえば、「麻薬」のようなものだったかも知れません。
何もかも意に沿わない、自分が抱く理想とはかけ離れた現実しか送ることができなかった当時の私は、まるで薬物に依存するかのように彼の音楽にのめり込み、そして、今だからこう思うことができるのですが、彼の音楽の中に「沈んで」いきました。
そんな毎日に限界が来たとき、私は尾崎の世界から去ろうと決めました。尾崎が悪かったとかそういう話では決してないです。彼がいなかったら、今の私はないと思います。ささやかながら仕事という形で社会での役割を与えていただき、妻に恵まれ、ゴルフというかけがえのないものに出会うことも、彼がいなければ、すべてなかったことだと思っています。
そして、私のような形のファンを、尾崎はおそらく望んでいなかったということも、今は思います。
感傷的な表現になりますけれど、23歳のとき、文字通り私は、尾崎と別れました。
あれから20年、一度も彼の音楽を聴いていません。今回、CDを取り出して、ジャケット写真や歌詞カードの一部をスマホで撮影しても、そのCDをプレーヤーに乗せることはしませんでした。というより、乗せることができなかった、というのが正しいかも。乗せたら、20年前の自分に戻ってしまう気がしたのです。
あくまで私個人の、尾崎豊という稀代のミュージシャンとのかかわりは、そういうものでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
どうしたって、今と、明日を見つめて生きていくしかないんでしょうね。そんなことを思いました。
最後に、私がいちばん好きな彼の作品はといえば……
うーん、全部好きですが、一つ選べと言われたら、いちばん最初の「街の風景」、あとは「ダンスホール」かなぁ。
もしこのブログをお読みいただいている方で、尾崎のファンの方がいらっしゃったとしたら、あなたは何がいちばん、お好きですか?